「先生、ビールはどのメーカーのやつが好きなのか」と、余りにもひつこく聞いてくる人がいた。この患者さんは何事に於いても、ちょっと細か過ぎるというか、物事を針小棒大に話す癖があるので、この時も少し鼻白みながら答えた。
「Rさん、特に好き嫌いはないですが、強いて言えばピルセンですね。でもA(現存する商品名なので名は伏せる)は飲まない方がいいですよ。よほど品質管理がお粗末なのか、原料費をケチっているのか、飲むと必ず下痢しますから、あれは」「それは···私の義父が作っているビールなのだが」
あちゃー、しまった。そこですかさず「あれ、よく考えたら不味いのはBやったかな。ああ勘違いしてました、AではなくBです。馬の小便ビールはBでした」としどろもどろにフォローしたら「Bも義父の工場で製造している」とのこと(泣)。
幸い彼は治療台にうつ伏せになっているので、その表情は読み取れないが、お互い気まずい数秒間を共有した。タコ社長(寅さん)の疑似体験をしたことになるが、嬉しくも何ともない。
後日彼が治療中にまた話しかけてきた。
「先生、私は複数の会社を経営しているので、とてもストレスが溜まる。どうしたらいいかな」
そんなん知るかと思ったが「思いきって全部捨てたらどうですか。会社も何もかも。執着心を手放すとストレスも無くなるのでは」と言った。
多分断捨離の本でも読んで、頭に残っていたことが口から出たのだと思う。勿論悪気はなかった。
それとこのような深いテーマは、本当は自分で既にどうすべきか解決法を出している筈で、真剣な答を敢えて求めている訳ではないと解釈したので、ちょっとシニカルな辛口意見を言ったのだ。
だがその日からRさんは治療に来なくなった。どうやら「『治療に通うこと』を捨てた」ようだ。
「沈黙は金、雄弁は銀」とはイギリスの思想家カーライルの言葉らしい。
〈Speech is silver, silence is golden.〉雄弁は大事だが、沈黙すべき時を心得ていることはもっと大事だということで、どうやら世界中で通用しそうな格言である。
しかし私は「沈黙は金」というのが嫌いだ。確かに正論には違いないだろうが、如何にも知ったかぶりの優等生的発言に聞こえて、揚げ足を取られまいとする自己保身型マキァベリ思考を感じさせるからである。
人生に於いて何回も余計なことを言っては、失敗し後悔を積み重ねて来たので、僻み根性があるのかも(笑)。
結論)言いたいことを遠慮なく言って生きて行こう。そして無駄なストレスや同調圧力からおさらばしよう。
大体赤の他人は貴方の意見や失言を、自分で思っているほどは重く受け止めていないものである。
過激な発言が触媒となって、何らかの化学反応を貴方を取り巻く環境に及ぼし、数倍エキサイティングな人生になるかも知れない(但し自己責任でやろう)。
2021年も良い一年でありますように。