アスンシオンカワムラ新聞

パラグアイで整体治療に携わっています。日々思ったことを綴ります。

君はマッスル北村を知っているか

 パラグアイ・アスンシオンで整体治療に携わって26年。
 開業したての頃は患者が増えたり減ったりする度に一喜一憂していたものだ。しかし今は患者が少なければ少ないで、自分用の時間がそれだけ持てるのでよし。反対に患者が多くなればなったで商売繁盛笹持ってこい!と考えるようになった。
 このように思考が老荘思想っぽくなったのは、長年仕事に励んでいるうちに自信がついたからだと思う。


 先日ボディビルダーがやって来た。仮にA君としましょうか。トレーニングのやりすぎか知らないが、身体がガチガチに硬い。そんなに固いと呼吸もしにくくなり身体はいつまでたってもゆるまないので、このタイプは治療効果もさほど上がらないのだ。
 
 A君がアドバイスをくれと言うので、「もっと前腕やふくらはぎを鍛えたらどうか。マッスル北村のように」とスマホでその画像を見せた。本当は脳ミソを鍛えろと言ってやりたかったが、流石にそれは言えない。

 何故ならばがっちりした前腕部やカーフを獲得するのは、かなり密度の濃いトレーニングを根気よくこなさなければならない。それ位筋肉がつきにくい部位なので、ここが発達しているビルダーは一目置かれるのと、30数年前に遭遇したある光景が未だに脳裏に焼き付いているからである。

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毎度お馴染み Parque Guasu Metropolitano

 東京地下鉄湯島駅のホームで偶然見かけた若者は、漫画のポパイがそのまま歩いているようだった。異様にバルクアップした身体にびっくりさせられたが、それにも増して前腕部がやたらでかかったので、思わず声をかけた。
「北村さんですか」「はいそうです」
 それが伝説のボディビルダー北村克己氏(マッスル北村)と一瞬交差した貴重な数秒間だった。

 その当時通っていた文京区立体育館のインストラクター菅井さんが、ことあるごとに「北村は凄い。ボンレスハムのような腕をしている」と言っていたので、「あ、この男か」と気づいたのだ。
 ボディビルダーの中には得てして自己中心的ナルシストで、他人に横柄な態度で接する野郎もいないわけではないが、北村氏はとても丁寧な口調で腰も低かった。
 

 「死ぬ気でトレーニングしてみろ。やり過ぎて死ぬことなどないから」と軽々しく口にする人がいるが、この言葉が当てはまらなかったのがマッスル北村である。
 2000年8月凄まじいトレーニングと過酷な減量による低血糖症で亡くなった(享年39歳)。

 天才と○○は紙一重というが、常人の尺度では計り知れないこの鉄人の生きざまを考えると、「人生は量ではなく質である」としみじみ思うのだ。有難う。


 「限界だと思い知らされた時から本当の戦いが始まる。『もう一歩だけ頑張ってみよう』という心の叫びに正直に生きようと努力するほど、最後に笑って死ねる人生があると信じています」北村氏が中学生向きの講演のために書かれた原稿(東京新聞2020年10月1日記事より無断拝借しました)より。


 追記) 『CLUB紳助』というテレビ番組に北村氏がゲスト出演した回がある。紳助は私の嫌いな芸人ナンバーワンだが、その彼ですら北村氏の穏やかで自信に満ちたペースに巻き込まれて、ゲストに対するリスペクトや憧れが感じられるほのぼのとした内容に仕上がっている。
 you tube で観ることが出来るので機会があれば是非観てほしい。